経理/財務公認会計士の仕事術 2024/10/18
第6回 「メリハリ」でミスなく速く(その1)
前回はミスをしない上でスピードのある業務を行うための仕事術をお送りしました。今回は初のシリーズ編になります!まずは「リスクの識別」についてお届けします。
1.はじめに
今回は、ミスが許されず、かつスピードも重視されるという、相反するような課題に向き合うための仕事術を取り上げます。
2.「ミスなく」「速く」仕事をこなすとは?
期限がある中で何でもかんでも丁寧にやっていたのではいくら時間があっても到底間に合いません。かといって、期限に間に合わせようとしてスピードを重視するあまりミスをしてしまったら大問題となりかねません。
そのため、しっかりとやっておかなければならないことには時間をかける一方、相対的に重要でないことには時間をかけ過ぎないようにする、つまり「メリハリ」を付けて仕事をすることが「ミスなく」「速く」を実現するための肝になります。
それでは「メリハリ」を付けて仕事をするためには何が大事なのでしょうか? 監査現場での私の経験を踏まえて考えると、重要なのは次の3つのステップです。
会計士の場合は「リスクアプローチ」といわれる「リスク」に着目する方法を使って、やるべきことの洗い出しや優先順位付けなどを行い、仕事にメリハリを付けるようにしていました。
リスクアプローチでは、上述したステップ1~3はそれぞれ「リスクの識別」、「リスクの評価」、「リスク対応計画の策定」と呼ばれていたのですが、これらが一体どのようなものなのか、ある監査現場を描いたシーンをもとに確認していきましょう。
【シーン1】
監査実務においては、「ミスなく」「速く」仕事をこなすために「リスクアプローチ」という方法が使われていましたが、その3つのステップ(「リスクの識別」→「リスクの評価」→「リスク対応計画の策定」)のうち、最初のステップ(「リスクの識別」)でつまずいてしまったのが、今回取り上げた【シーン1】のケースなのです。
リスクアプローチでは、「どこにどんなリスク項目があるか」を検討し、リスクの高い所(重要度や発生可能性が高い所)に重点を置いて業務を進めることで、効率的・効果的に仕事が行えるようにしていました。重点を置くべき業務を決めるためにも、まずはリスクがあることに気付くことが必要で、通常、会計士はなるべく早い段階でリスクを識別するようにしていました。
ただし、それをやみくもに行おうとするとどうしても抜け・モレが発生し、ミスや手戻りが多発しかねません。そうならないよう、会計士がリスクを識別するには主に次の3つの点を大事にしていました。
(例)
まずは典型的なリスクについて知っておくことが大事です。
会計士は、決算書を見るときに、前期の数値と比較してみたり、月次推移に目を向けたりします。こうした分析をすると、もし正常値から乖離した数値が現れた場合に気付くことができるのです。また、経営指標を分析して異常値が出ているところに目を付けたりもします。売掛金の監査であれば、売掛金残高を前期末の残高と比較したり、売掛金回転期間といった経営指標に異常値が出ていないか分析したりしてみるといった具合です。
正常な状態から乖離しているところに目を向けることが大事です。
監査実務においては、できるだけ早くリスクを識別するために、「企業及び企業環境の理解」ということをやっていました。いくつか具体例を挙げてみましょう。
こうしたことに目を向けることで、どの数値を見ておいた方が良いか意識できるのです。例えば、売掛金に関連していえば、「資金繰りが厳しくなっているから利益を過大計上しようとするかもしれない。だから架空売上を計上するかもしれない。売掛金の実在性を注意して監査しよう」とか、「売上を重視するあまり営業担当は売上を過大計上するかもしれない。売掛金の実在性に注意して監査しよう」といった具合です。
取り巻く環境と関連付けて考えてみることが大事です。
上に挙げた3つのポイント、つまり、① 典型的なリスクを知っておく、② 正常な状態からの乖離に目を向ける、③ 取り巻く環境と関連付けて考える、といったことを常に心掛けているからこそ、会計士はリスクを識別することができるのです。
それでは、この①から③を一般の業務に置き換えてみると、どうなるでしょうか? 監査でいうところの「リスク」を、一般の業務でいうところの「やるべきこと」と捉えてみて下さい。その上で①から③を置き換えてみると、概ね次のようになるでしょう。
それでは、「業務の引き継ぎ」という場面で考えてみましょう。前任者からこれまでやってきた業務を引き継ぐことは上の①に該当するかもしれません。正確に業務を引き継ぐことは、「ミスなく」「速く」仕事を進める上でまずは大事なことでしょう。ただし、それだけでは十分ではありません。
例えば、ある取引先との取引が急拡大しそれまでの当該取引先への請求業務を見直す必要があるのに、全く考慮していないということであれば、②ができていないのかもしれません。また、以前は資金繰りに余裕があったために月次で資金繰り表を作成していただけで、資金繰りに余裕がなくなってきた現状では日次で資金繰り表を作成しなければならないのに全く考慮しないまま漫然と従来通りの作業をこなしているなら、③ができていないのかもしれません。
②や③にも対応できていないと、やるべきことの抜け・モレが発生し、「ミスなく」「速く」仕事をこなす上で妨げになりますので、注意しましょう。
やみくもに業務を進めてしまうのではなく、ステップを踏んで業務を進めていくことが大事で、最初のステップとして、やるべきことの抜け・モレが発生しないよう、やるべきことを洗い出しましょうということでした。このステップを飛ばしてしまうと、どうしても仕事のミスにつながりやすく、仕事の手戻りとなって速く仕事を進められなくなってしまいます。
そして、やるべきことを洗い出す際気を付けたい点は以下のとおりでした。
今回は、リスクアプローチの最初のステップであるリスクの識別を素材にして、メリハリを付けた仕事をするための最初のステップについて考えてみました。次回は、リスクアプローチにおける第二のステップである「リスクの評価」を素材にして話を進めようと思います。
そのため、しっかりとやっておかなければならないことには時間をかける一方、相対的に重要でないことには時間をかけ過ぎないようにする、つまり「メリハリ」を付けて仕事をすることが「ミスなく」「速く」を実現するための肝になります。
それでは「メリハリ」を付けて仕事をするためには何が大事なのでしょうか? 監査現場での私の経験を踏まえて考えると、重要なのは次の3つのステップです。
ステップ1:やるべきことを洗い出す
ステップ2:やることの優先順位を決める
ステップ3:やり方を考えて実行する
会計士の場合は「リスクアプローチ」といわれる「リスク」に着目する方法を使って、やるべきことの洗い出しや優先順位付けなどを行い、仕事にメリハリを付けるようにしていました。
リスクアプローチでは、上述したステップ1~3はそれぞれ「リスクの識別」、「リスクの評価」、「リスク対応計画の策定」と呼ばれていたのですが、これらが一体どのようなものなのか、ある監査現場を描いたシーンをもとに確認していきましょう。
3.監査現場に学ぶ 「メリハリ」を付ける仕事術(その1)
3つのステップのうち、今回は第一のステップである「やるべきことを洗い出す」こと、すなわち「リスクの識別」について説明します。まずは、ある監査現場を描いた【シーン1】をご覧ください。【シーン1】
とある監査先企業において、売上債権の監査を担当することになった会計士のSさん。期限までに業務を完了させるべく、前年度の監査のときに先輩が実施した業務の内容を踏襲し、早々に、検証すべき諸々の帳票類の準備を監査先の担当者に依頼するなど、段取りよく業務を進めているようです。
ところが、監査現場も終盤に差し掛かった頃のことです。自分が行った業務を先輩会計士のTさんにチェックしてもらったところ、数々の検証不足を指摘されてしまいました。
(例)
実は、前年度の監査では、売上債権の残高に重要性がなかったためにあまり詳細な検証をしていなかったのですが、当年度は売上債権の残高が著しく増加し、かなり重要性が増していました。また、監査先企業の資金繰りが厳しくなっており、利益を過大計上するおそれも増していたのです。
つまり、前年度とは異なり、当年度の監査ではこうした点のリスク(財務諸表の重要な虚偽の表示を見落としてしまうおそれ)が高まっており、十分な検証が必要だったにもかかわらず、S会計士はそのことを全く念頭に置かないまま、前年度を踏襲して業務を進めてしまいました。
結果的にS会計士の業務には多くの手戻りが生じてしまったのです。
【シーン1】のS会計士は「ミスなく」「速く」仕事をこなすことができなかったわけですが、失敗の主原因はどこにあったのでしょうか? このケースでは、「どこにどんなリスク項目があるかを洗い出さないまま業務を進めてしまった」ところに失敗の主な原因があります(実際の現場では、このような失敗をしないように先輩会計士などから指示があるとは思いますが……)。ところが、監査現場も終盤に差し掛かった頃のことです。自分が行った業務を先輩会計士のTさんにチェックしてもらったところ、数々の検証不足を指摘されてしまいました。
(例)
- ・滞留売掛金の回収可能性に問題はないかの検証ができていない
- ・架空の売掛金が計上されていないかの検証ができていない
実は、前年度の監査では、売上債権の残高に重要性がなかったためにあまり詳細な検証をしていなかったのですが、当年度は売上債権の残高が著しく増加し、かなり重要性が増していました。また、監査先企業の資金繰りが厳しくなっており、利益を過大計上するおそれも増していたのです。
つまり、前年度とは異なり、当年度の監査ではこうした点のリスク(財務諸表の重要な虚偽の表示を見落としてしまうおそれ)が高まっており、十分な検証が必要だったにもかかわらず、S会計士はそのことを全く念頭に置かないまま、前年度を踏襲して業務を進めてしまいました。
結果的にS会計士の業務には多くの手戻りが生じてしまったのです。
監査実務においては、「ミスなく」「速く」仕事をこなすために「リスクアプローチ」という方法が使われていましたが、その3つのステップ(「リスクの識別」→「リスクの評価」→「リスク対応計画の策定」)のうち、最初のステップ(「リスクの識別」)でつまずいてしまったのが、今回取り上げた【シーン1】のケースなのです。
リスクアプローチでは、「どこにどんなリスク項目があるか」を検討し、リスクの高い所(重要度や発生可能性が高い所)に重点を置いて業務を進めることで、効率的・効果的に仕事が行えるようにしていました。重点を置くべき業務を決めるためにも、まずはリスクがあることに気付くことが必要で、通常、会計士はなるべく早い段階でリスクを識別するようにしていました。
ただし、それをやみくもに行おうとするとどうしても抜け・モレが発生し、ミスや手戻りが多発しかねません。そうならないよう、会計士がリスクを識別するには主に次の3つの点を大事にしていました。
- ① 典型的なリスクを知っておく
- ② 正常な状態からの乖離に目を向ける
- ③ 取り巻く環境と関連付けて考える
① 典型的なリスクを知っておく
リスクについて何も知らなかったら、どこにどんなリスクがあるかを識別するのは難しいでしょう。やはりある程度典型的なリスクについて知っておくことが必要です。売掛金の監査であれば、以下のような点が典型的なリスクで、それを知っているか否かは大きな違いです。(例)
- ・貸借対照表に計上されている売掛金が本当にあるのか(=実在性)
- ・売掛金は適切な価額で計上されているか(=評価の妥当性)
- ・売掛金は正しい期間に計上されているか(=期間配分の適切性)
まずは典型的なリスクについて知っておくことが大事です。
② 正常な状態からの乖離に目を向ける
例えば決算書の売掛金の数値を見たとして、どうすればリスクがありそうなところに気付きやすくなるのかというと、正常値からの乖離に目を向けるようにすることが効果的です。会計士は、決算書を見るときに、前期の数値と比較してみたり、月次推移に目を向けたりします。こうした分析をすると、もし正常値から乖離した数値が現れた場合に気付くことができるのです。また、経営指標を分析して異常値が出ているところに目を付けたりもします。売掛金の監査であれば、売掛金残高を前期末の残高と比較したり、売掛金回転期間といった経営指標に異常値が出ていないか分析したりしてみるといった具合です。
正常な状態から乖離しているところに目を向けることが大事です。
③ 取り巻く環境と関連付けて考える
会計士は決算書の数値にだけ目を向けているわけではありません。数値の背景(環境)にも目を向けています。監査実務においては、できるだけ早くリスクを識別するために、「企業及び企業環境の理解」ということをやっていました。いくつか具体例を挙げてみましょう。
- ・監査先企業を取り巻く業界の環境がどうなっているか
- (例)競争が激化している、法規制が強化されたなど
- ・監査先企業の事業活動がどうなっているか
- (例)主な収益の源泉は何か、資金繰りが厳しくなってきているなど
- ・その経営者の思考の傾向はどうか
- (例)売上至上主義で管理には費用をかけたがらないなど
こうしたことに目を向けることで、どの数値を見ておいた方が良いか意識できるのです。例えば、売掛金に関連していえば、「資金繰りが厳しくなっているから利益を過大計上しようとするかもしれない。だから架空売上を計上するかもしれない。売掛金の実在性を注意して監査しよう」とか、「売上を重視するあまり営業担当は売上を過大計上するかもしれない。売掛金の実在性に注意して監査しよう」といった具合です。
取り巻く環境と関連付けて考えてみることが大事です。
上に挙げた3つのポイント、つまり、① 典型的なリスクを知っておく、② 正常な状態からの乖離に目を向ける、③ 取り巻く環境と関連付けて考える、といったことを常に心掛けているからこそ、会計士はリスクを識別することができるのです。
それでは、この①から③を一般の業務に置き換えてみると、どうなるでしょうか? 監査でいうところの「リスク」を、一般の業務でいうところの「やるべきこと」と捉えてみて下さい。その上で①から③を置き換えてみると、概ね次のようになるでしょう。
- ① 典型的なリスクを知っておく ⇒ 通常やるべきことを知っておく
- ② 正常な状態からの乖離に目を向ける ⇒ 特別にやらなければならないことがないか考える
- ③ 取り巻く環境と関連付けて考える ⇒ 状況を踏まえ、その業務を行う目的を考える
それでは、「業務の引き継ぎ」という場面で考えてみましょう。前任者からこれまでやってきた業務を引き継ぐことは上の①に該当するかもしれません。正確に業務を引き継ぐことは、「ミスなく」「速く」仕事を進める上でまずは大事なことでしょう。ただし、それだけでは十分ではありません。
例えば、ある取引先との取引が急拡大しそれまでの当該取引先への請求業務を見直す必要があるのに、全く考慮していないということであれば、②ができていないのかもしれません。また、以前は資金繰りに余裕があったために月次で資金繰り表を作成していただけで、資金繰りに余裕がなくなってきた現状では日次で資金繰り表を作成しなければならないのに全く考慮しないまま漫然と従来通りの作業をこなしているなら、③ができていないのかもしれません。
②や③にも対応できていないと、やるべきことの抜け・モレが発生し、「ミスなく」「速く」仕事をこなす上で妨げになりますので、注意しましょう。
4.やるべきことを洗い出そう
今回はメリハリを付けた仕事をする上で妨げとなる3つの典型的な状況の中から1つを取り上げて、失敗例と対応について紹介してきました。やみくもに業務を進めてしまうのではなく、ステップを踏んで業務を進めていくことが大事で、最初のステップとして、やるべきことの抜け・モレが発生しないよう、やるべきことを洗い出しましょうということでした。このステップを飛ばしてしまうと、どうしても仕事のミスにつながりやすく、仕事の手戻りとなって速く仕事を進められなくなってしまいます。
そして、やるべきことを洗い出す際気を付けたい点は以下のとおりでした。
- ① 通常やるべきことを知っておく
- ② 特別にやらなければならないことがないか考える
- ③ 状況を踏まえ、その業務を行う目的を考える
今回は、リスクアプローチの最初のステップであるリスクの識別を素材にして、メリハリを付けた仕事をするための最初のステップについて考えてみました。次回は、リスクアプローチにおける第二のステップである「リスクの評価」を素材にして話を進めようと思います。
(提供:税経システム研究所)
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いかがでしたでしょうか。初のシリーズ編がスタートしました。
次回は続編、「メリハリ」でミスなく速く(その2)になります。お楽しみに!
なお、このコラムの提供元である税経システム研究所については下記をご参照ください。
税経システム研究所