そして、「メリハリ」を付けて仕事をするために重要なことが次の3つのステップです。
メリハリを付けて仕事をするためのステップ
ステップ1:やるべきことを洗い出す
ステップ2:やることの優先順位を決める
ステップ3:やり方を考えて実行する
リスクアプローチの場合
ステップ1:やるべきことを洗い出す ⇒ リスクの識別
ステップ2:やることの優先順位を決める ⇒ リスクの評価
ステップ3:やり方を考えて実行する ⇒ リスク対応計画の策定
2.監査現場に学ぶ 「メリハリ」を付ける仕事術(その3)
まずは、ある監査現場を描いた【シーン1】をご覧ください。【シーン1】
購買取引の検証を担当しているAさんの業務を確認したところ、検証した取引サンプルが随分少ないようです。
K会計士:「Aさん、購買取引のサンプル、これしか検証してないの?」
また、販売取引の検証を担当しているBさんの業務を確認したところ、検証した取引サンプルが随分多いようです。
K会計士:「Bさん、販売取引のサンプル、こんなに検証してるの?」
Aさんには、検証するサンプル数が足りないので追加するように指示しましたが、この段階でサンプルを追加して果たして期日までに業務が完了するのでしょうか……。
また、Bさんにはサンプル数を減らすよう指示しましたが、これまで残業ベースで仕事をして対応していたので、既に余計なコストがかかってしまっていたのです。
「ミスなく」「速く」仕事をこなすための3つのステップ(「リスクの識別」→「リスクの評価」→「リスク対応計画の策定」)のうち、第3のステップ(「リスク対応計画の策定」)でつまずいてしまったのが、今回取り上げた【シーン1】のケースです。
では、Kさんはどのようにすれば「ミスなく」「速く」仕事をこなすために、適切なやり方(リスクへの対応の仕方)を考えて実行することができたのでしょうか。
そのヒントになるのが、リスク対応計画を作成する際に考えておくべき4つのポイントです。
- ①時期 どのタイミングで実施したら良いか
- ②程度 どの程度まで実施したら良いか
- ③担当者 どの担当者が実施したら良いか
- ④方法 どの方法で実施したら良いか
① どのタイミングで実施したら良いか
やるべきことがあったとして、それをどのタイミングで実施するかはよく考える必要があるところです。実施するタイミングを考える上では、次のような点に気を付けるようにします。- ・ある作業が終わらなければ次の作業が進められないといったものがないか
- ・特定の時期に作業が集中しないか
例えばある作業(作業A)が終わらなければ別の作業(作業B)を進められないということであれば、作業Aを早め早めに進めるようにします。また、作業Aが終わっていないために作業Bに着手できないなら、その間にB以外の作業を進めておくようにしたり、作業Aが終わり次第作業Bに着手できるように作業Bの準備を進めておいたりします。このように、実施するタイミングを見極めた上で作業に着手し、実施するようにします。3月決算の監査先企業が圧倒的に多い監査現場では、3月の決算数値が固まった後に検証した方が効率は良いのですが、この時期に何でもかんでも検証しようとしたらとても期限内に仕事を終えることはできません。そのため、会計士というのは、業務を進める際には実施するタイミングに注意を払っており、中でも「前倒し」でやっておけることがないかを絶えず考えているのです。
一方、何でもかんでも前倒しをすればいいわけではありません。今は忙しい時期だけれども、1か月後は比較的時間に余裕ができるのであれば、無理に前倒しをして残業ベースで対応せず、余裕のある時期に後回しにすることも一案です。
なお、「前倒し」については本シリーズの第5回『「段取り」で期限オーバー防止』で取り上げていますので、前倒しの仕事術についてはそちらをご参照ください。
② どの程度まで実施したら良いか
やるべきことがあったとして、それをどの程度まで実施するかはよく考える必要があるところです。どの程度までやるかを決めることは現実問題としてはなかなか難しいところもあります。しかし、この部分を担当者任せにしていると、どうしても実施不足が生じたり、逆に実施し過ぎになったりしてしまいます。監査現場では、購買取引や販売取引が適切に処理されているかを確かめるために、期中の取引からサンプルを抽出して検証するといった場面があります。この場合、サンプル数が少なすぎると十分な検証ができず、適切に処理されているか判断できません。一方、必要以上のサンプル数を検証してしまうと効率的な検証ができません。今回の【シーン1】はまさにこの部分に問題があったケースです。
実は、実際の監査現場においては、統計的な手法なども駆使して必要十分な検証ができるサンプル数を決めています。このサンプル数は監査の目的(ザックリ表現すれば、監査先企業の決算書がおかしくないか検証すること)を達成するために必要十分な水準になっています。虚偽表示がされているリスクが高い勘定科目や残高が大きい勘定科目については、そうでない勘定科目よりも多くのサンプルを検証する必要があります。また、当然監査先企業ごとに必要十分なサンプル数も変わってきます。このため、担当スタッフが検証を進めてしまう前に、上司と担当スタッフとで必要十分な水準をすり合わせた上で担当スタッフは業務を進めています。【シーン1】のような失敗を犯さないようにしているのです。
皆様の現場では、どの程度まで仕事を実施するかを統計的な手法を使って決めるという方法は必ずしもピッタリとは馴染まないかもしれません。ただし、統計的な手法を使わないにしても、予め上司と部下とで必要十分なレベル感をある程度すり合わせておくことは大事です。
そして、必要十分なレベルは仕事を実施する目的によって変わってくるでしょうから、なぜその仕事をするのか、つまり仕事を実施する目的をしっかり共有しておくことが必要です。
③ どの担当者が実施したら良いか
どの担当者が実施するか(上司からすると、どの担当者に実施させるか)は、会計士がリスク対応計画を策定する際のポイントの1つです。リスクのない勘定科目はともかくとして、リスクの大きい勘定科目の検証をするのであれば、どの担当者が実施するかによって、「ミスなく」「速く」仕事をこなせるかどうかに大きな違いが生じる可能性が高くなります。通常、監査はチームを組んで実施しますが、監査チームには、入ったばかりの新人会計士もいれば、数年の実務経験を積んだ中堅会計士もいれば、さらに経験を積んだベテラン会計士もいるなど、チームメンバーはバラエティーに富んでいます。リスクの高い勘定科目の検証は、新人ではなく中堅以上の会計士に担当させるようにします。また、情報システムにかかわる検証や年金数理計算に関する検証などといった専門性の高い分野については、その分野の専門家の協力を得て検証を進めるといったことも行います。「ミスなく」「速く」仕事をこなせるよう、「担当者」の決定を慎重に行っているのです。さらにいえば、監査先企業にも様々な規模、様々な業種、様々な業況の企業があり、監査リスクの大きさも大きく異なりますから、リスクの高い監査先は経験を積んだ会計士に担当させ、リスクの低い監査先は若手メンバーを中心に担当させるなど、より大きな視点でチーム構成にも気を配っていました。
皆様の現場では、なかなかメンバーの入れ替わりがないといったこともあるかもしれませんが、何人かのメンバーで構成されている場合には、誰にどの業務を担当させるかも大事な検討ポイントの1つです。
3.やり方を考えて実行しよう
今回は「ミスなく」「速く」仕事をこなす上で妨げとなる典型的な状況の中から、適切なやり方を考えて実行することができなかったケースを取り上げて、失敗例と対応について紹介してきました。やみくもに業務を進めるのではなく、ステップを踏んで業務を進めていくことが大事で、やるべきことの抜け・モレが発生しないよう、まずはやるべきこと(やったほうがよいこと)を洗い出す必要があります。しかし、洗い出したことのすべてを万遍なく、同じような労力をかけてやろうとすることは、「メリハリ」を付けた仕事とはいえず、「ミスなく」「速く」仕事をこなすことはできません。
そうならないためにも、やるべきことを洗い出し、やることの優先順位を決めた上で、適切なやり方を考えて実行することが必要です。その際には、是非とも「①時期」、「②程度」、「③担当者」、そして「④方法」という観点を持つようにしてみてください。今回はこれら4つのうち「①時期」、「②程度」、「③担当者」の観点について説明しました。次回は、残る「④方法」の観点について説明する予定です。