ステップ1:やるべきことを洗い出す
ステップ2:やることの優先順位を決める
ステップ3:やり方を考えて実行する
公認会計士の場合は「リスクアプローチ」といわれる「リスク」に着目する方法を使って、やるべきことの洗い出しや優先順位付けなどを行っていましたが、リスクアプローチでは、上述したステップ1~3はそれぞれ「リスクの識別」、「リスクの評価」、「リスク対応計画の策定」と呼ばれていました。このうち前回は「リスクの識別」について説明しましたので、今回は「リスクの評価」について、ある監査現場を描いたシーンをもとに確認していくことにしましょう。
2.監査現場に学ぶ 「メリハリ」を付ける仕事術(その2)
今回は第二のステップである「やることの優先順位を決める」こと、すなわち「リスクの評価」について説明します。まずは、ある監査現場を描いた【シーン1】をご覧ください。【シーン1】
「1週間で4科目だから、1科目につき1日ちょっとだな」
Sさんはそんなふうに考えながら、まずはシンプルで検証し易そうな「固定負債」から検証を始めることにしました。わずかながら残高が前期よりも増加していたので、そこが妙に気になり検証に時間がかかってしまいました。ただし、1日ちょっとで検証を終えることができました。
次に手を付けたのが「固定資産」です。期中の少額な購入・売却取引の検証にこだわってしまい時間がかかりましたが、何とか固定資産の検証も1日で終わりました。
「2日間半で2科目の検証が終わったから、まぁ順調、順調」
Sさんはそう思っています。
さて、3日目の途中から「仕入債務」の検証に着手しました。仕入先への残高確認のフォローや未計上の請求書のチェックなど、割と時間がかかる検証項目があり、だんだん時間に余裕がなくなってきました。
最後に残ったのは「売上債権」の検証です。この監査先企業では残高も重要で、虚偽の表示がされている可能性も高い科目です。得意先への残高確認のフォローや回収可能性の検証など、相当時間がかかる検証項目があるのですが……。
結局、後回しにした「売上債権」の検証時間がとても足りず、この1週間が終わろうとしているのに、「売上債権」の検証が全然終わっていません。
監査実務においては、「ミスなく」「速く」仕事をこなすために「リスクアプローチ」という方法が使われていましたが、その3つのステップ(「リスクの識別」→「リスクの評価」→「リスク対応計画の策定」)のうち、第二のステップ(「リスクの評価」)でつまずいてしまったのが、今回取り上げた【シーン1】のケースです。
リスクアプローチでは、やるべきこと(リスクがある項目)を洗い出した上で、やることの優先順位(特に重点を置いて対応すべきリスク)を決めます。つまり、リスクの識別をした上でリスクの評価をします。そして会計士がリスクの評価をする際は主に次の点を大事にしていました。
- ① 発生可能性の観点
- ② 発生した場合の影響度の観点
Sさんが担当することになった「売上債権」、「固定資産」、「仕入債務」、「固定負債」の勘定科目に関して、以下のような状況があるとして、仕事の優先順位を考えてみましょう。
ミスや業務遅れの発生可能性は?
Sさんが担当する科目のうち、取引頻度の高さや取引処理の難易度といった観点から、虚偽の表示を見落としてしまう可能性(=ミスの発生可能性)の高い科目として「売上債権」と「仕入債務」が想定される。また、検証項目の多さや難しさなどから検証に時間がかかる項目が多く、業務遅れとなる可能性の高い科目として「売上債権」が想定される。ミスや業務遅れが発生した場合の影響度は?
Sさんが担当する科目のうち、「売上債権」と「仕入債務」は残高に重要性があり、万が一虚偽の表示がされているのを見落としてしまうと影響が非常に大きい。また、「売上債権」については監査先企業のいろいろな関係者へのヒアリングや各種資料の準備などがあり検証の所要時間が長いとともに、関係者の範囲も広く、業務が遅れた場合、影響が大きい。【図表1】 業務の優先順位付け
検証項目 | 発生可能性 | 影響度 | |
ミス | 業務遅れ | ||
売上債権 | 高 | 高 | 高 |
固定資産 | 低 | 中 | 低 |
仕入債務 | 高 | 中 | 中 |
固定負債 | 低 | 低 | 低 |
「ミスや業務遅れの発生可能性」と「ミスや業務遅れが発生した場合の影響度」の観点から優先順位を考えてみましょう。最優先で検証すべきなのは、ミスや業務遅れの発生可能性が高く、発生した場合の影響も大きい「売上債権」です。ここを外してしまうと致命的です。次いで優先度が高いのは、ミスの発生可能性が高く、業務遅れの発生可能性が中程度で、発生した場合の影響が中程度の「仕入債務」でしょう。その次が業務遅れの発生可能性が中程度の「固定資産」です。発生可能性・影響度とも低い「固定負債」の検証は優先度が低いといえます。
これを踏まえて、Sさんの仕事の進め方を振り返ってみましょう。
Sさんは、ミスや業務遅れの発生可能性や、それらが発生した場合の影響度のことを考えずに、検証し易そうな「固定負債」から検証を始めました。しかも、わずかながら残高が前期よりも増加していたことが妙に気になり、本来検証する必要のないところに時間をかけてしまいました。その後は、次に検証し易そうな「固定資産」の検証を始めましたが、ここでも重要性の乏しい取引にこだわって時間をかけてしまいました。
一方、最優先で検証すべき「売上債権」については後回しにしたため、監査期間の1週間が終わろうとしているのに、「売上債権」の検証が全然終わっていないという最悪の状況になってしまったのです。
Sさんには、「ミスなく」「速く」仕事をこなすための仕事の優先順位付けの意識が全くなかったといえるでしょう。
Sさんのような失敗が起きているのは、何も監査現場に限ったことではありません。皆様の現場においても十分に起こり得ることでしょう。こんな失敗をしないためにも、読者の皆様には業務を進める優先順位付けを行って頂きたいのです。その場合には、「①発生可能性の観点」と「②発生した場合の影響度の観点」という2つの観点から検討してみて頂ければと思います。
ご参考までに、経理部門において「期限内に決算業務をスムーズに終わらせ、会社の決算確定が遅れないように、対応を検討する」という場面で考えてみましょう。この場合、まずは決算業務が期限内に終わらなくなるおそれのある諸々の項目の洗い出し(リスクの識別)を行った上で、対応が必要なところの優先順位付け(リスクの評価)をする必要があります。監査現場でもそうでしたが、対応が必要なところの優先順位付けをする際には、「①発生可能性の観点」と「②発生した場合の影響度の観点」という2つの観点で考えてみると効果的です。
まず、「①発生可能性の観点」から考えてみますと、例えば、取引頻度が高かったり、処理の難易度が高かったりすれば、それにかかわる決算業務の遅れにつながる可能性が高くなりそうです。そこで、決算業務の遅れにつながる可能性に大きく影響するであろう「頻度」「難易度」といった判断軸で考えてみると、洗い出した項目のうち例えば「仕入先からの請求書の到着遅れ」、「回収遅延売掛金に対する貸倒引当金の確定遅れ」が発生する可能性が高いと評価できるかもしれません。
また、個別の決算業務に遅れが生じた場合に、それが会社の決算確定に与える影響度は、個別の業務にかかる金額が大きかったり、所要時間が長かったり、関係者の範囲が広かったりすれば、より大きくなります。そこで、遅れが生じた場合に会社決算確定に大きく影響するであろう「金額」「時間」「範囲」といった判断軸で考えてみると、例えば「商品在庫の実地棚卸数量の確定遅れ」、「回収遅延売掛金に対する貸倒引当金の確定遅れ」が、会社決算確定に与える影響度が大きいと評価できるかもしれません。
このように、「頻度」「難易度」といった判断軸から「①発生可能性」を評価したり、「金額」「時間」「範囲」といった判断軸から「②発生した場合の影響度」を評価することで、「①発生可能性」や「②発生した場合の影響度」の高いところを見極めて優先的に対応することができます。そうすれば、些末なところに対応して肝心なところに対応できていないといった最悪な事態にならずに済みます。
3.やることの優先順位を決めよう
今回は「ミスなく」「速く」仕事をこなす上で妨げとなる典型的な状況の中から、仕事の優先順位付けに問題のあるケースを取り上げて、失敗例と対応について紹介してきました。やみくもに業務を進めてしまうのではなく、ステップを踏んで業務を進めていくことが大事で、やることの抜け・モレが発生しないよう、まずはやるべきこと(やったほうがよいこと)を洗い出す必要がありますが、洗い出したことのすべてを万遍なく、同じような労力をかけてやろうとしたら、「メリハリ」を付けた仕事とはいえず、「ミスなく」「速く」仕事をこなすことはできません。
そうならないためにも、洗い出した業務について、是非とも「①発生可能性」や「②影響度」という観点から優先順位を検討しましょう。「①発生可能性」は、例えば「頻度」「難易度」といった判断軸で評価することができますし、「②影響度」は、例えば「金額」「時間」「範囲」といった判断軸で評価することができます。業務を進めてしまう前に、「この部分には重点を置いて業務を進めるけれども、こちらの部分にはあまり時間をかけずに済ませる(あるいは対応しない)」といった優先順位を決めるようにしましょう。