今回の記事では負債の中でも少し特殊な会計処理を行う資産除去債務について解説します。
概要と会計・税務上の取り扱いについて触れたうえで仕訳例も紹介しますので、この記事を通じて資産除去債務の基本をマスターしましょう!
資産除去債務とは
資産除去債務とは、企業が有形固定資産を取得した際に発生する、将来行うべき処分対応の義務を表す会計用語です。
例えば、ある企業が資源掘削のための装置を購入して使用した場合、作業完了後は将来的に装置を撤去する必要があります。
この撤去作業にかかる費用を装置取得の時点であらかじめ予想し、資産除去債務として計上します。
企業は装置取得時に有形固定資産を計上すると同時に、将来の撤去費用として資産除去債務を計上することになるため、会社の財務状況がより正確に反映されることとなります。
企業会計基準における資産除去債務の定義は以下の通りです。
「資産除去債務」とは、有形固定資産の取得、建設、開発又は通常の使用によって生じ、当該有形固定資産の除去に関して法令又は契約で要求される法律上の義務及びそれに準ずるものをいう。
※出典:企業会計基準第 18 号 資産除去債務に関する会計基準
有形固定資産とは
ここでの有形固定資産とは、貸借対照表上で有形固定資産に区分されるものと、投資不動産、建設仮勘定、リース資産など、それに準ずる有形の資産を指します。
したがって、流動資産や無形固定資産、販売用不動産などについては資産除去債務の対象とはなりません。
また、名前の通り、資産除去債務は対象資産の「除去」にかかわるものなので、資産使用中となる修繕に係る費用なども対象ではありません。
以上から資産除去債務の対象をまとめると以下のようになります。
資産除去債務の対象となる資産 |
資産除去債務の対象とならない資産 |
- 貸借対照表で有形固定資産に区分される資産(土地などの非償却資産を含む)
- 投資不動産
- 建設仮勘定など
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- 流動資産
- 無形固定資産
- 販売用不動産
- オペレーティングリース取引の資産
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資産除去債務に対応する金額は対象となる有形固定資産の帳簿価額に加算され、減価償却を通じて各期に費用配分されます。
資産除去債務の対象となる除去とは
ここでの有形固定資産の「除去」とは、有形固定資産を用役提供から除外することをいいます。
具体的には、売却、廃棄、リサイクル、その他の方法による処分などが挙げられます。
これに対して、有形固定資産が遊休状態になる場合や、転用や用途変更など使用を継続する場合は「除去」に該当しません。
資産除去債務の対象となるもの |
資産除去債務の対象とならないもの |
- 売却
- 廃棄
- リサイクル
- その他の方法による処分など
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法令又は契約で要求される法律上の義務及びこれに準ずるものとは
ここでの「契約で要求される義務」とは、ビルなどの賃貸借契約を行った際の原状回復義務など、契約当事者同士で明確に義務付けられたものが該当します。
資産除去債務基準導入の経緯
日本の会計基準で資産除去債務が適用されるようになったのは2010年頃です。
それまでは、電力業界での原子力発電施設の解体費用について発電実績に応じて引当金を計上する特定などの事例はありましたが、それ以外で資産除去債務に値するような会計処理は行われていませんでした。
しかし、有形固定資産を将来除去する際の負担をあらかじめ財務諸表に反映させることは投資情報として役立つと考えられること、また、既に資産除去債務を会計科目として適用している国際税務報告基準(IFRS)と日本の会計基準との差を縮小できると考えられることから、資産除去債務の会計基準が設定されました。
資産除去債務の会計上の取り扱い
資産除去債務は、有形固定資産が取得、建設、開発などによって発生した時点で負債として計上することとされています。
会計上の資産除去債務の仕訳の流れは以下の通りです。
固定資産取得時(資産除去債務の計上)
借方 |
金額 |
貸方 |
金額 |
有形固定資産 |
XX |
未払金など |
XX |
|
|
資産除去債務 |
XX |
毎期末(減価償却費及び資産除去債務の現在価値の調整)
借方 |
金額 |
貸方 |
金額 |
減価償却費 |
XX |
減価償却累計額 |
XX |
利息費用 |
XX |
資産除去債務 |
XX |
除却時(資産除去債務の実行)
借方 |
金額 |
貸方 |
金額 |
減価償却累計額 |
XX |
有形固定資産 |
XX |
資産除去債務 |
XX |
現金預金 |
XX |
履行差額※ |
XX |
|
|
※履行差額は、実際の除去費用が資産除去債務計上額より多い場合は費用、少ない場合は利益となります。
資産除去債務の会計処理では、固定資産を取得した際に将来生じる除去費用の「現在価値」を資産除去債務として負債計上したうえで、同額を固定資産の帳簿価額に加算し、加算後の帳簿価額をベースに減価償却を行うことになります。
ただし、固定資産取得時点で将来的にどのくらい費用が発生するかを正確に予想するのは難しいものです。
そこで、資産除去債務の「現在価値」を最終年度の金額に近づけるため、各事業年度ごとに時の経過による資産除去債務の増加額を資産除去債務の増加として負債計上したうえで、同額を利息費用として費用計上します。
資産除去債務は最終的に固定資産を除却する際に実行されますが、その際はこれまで計上してきた資産除去債務をすべて取り崩したうえで、実際の支出額の方が多くなった場合は費用、少なくなった場合には利益を計上します。
資産除去債務の税務上の取り扱い
資産除去債務は、税務上の取り扱いについては特段規定されていません。
しかし、法人税法では、償却費以外の費用で債務の確定しないものは損金の額から除くこととされています。
そのため、債務が確定しているとは言い難い資産除去債務に係る減価償却費や時の経過による利息費用は実際に資産除去債務が履行されるまで税務上の損金として計上することができません。
つまり、会計上は事前に費用として計上することが認められているものの、法人税上は実際に処分する時点まで損金とはできないということになります。
したがって、税務上は以下のような調整が必要となります。
時期 |
会計処理 |
税務調整 |
固定資産取得時 |
資産除去債務(負債) |
資産・負債に該当しない→税務上加算する |
有形固定資産加算分(資産) |
毎期末 |
除去費用のうち減価償却費分 |
損金不算入→税務上加算する |
利息費用の計上 |
固定資産除却時 |
資産除去債務を取り崩し |
税務上減算する |
資産除去債務の会計仕訳
ここからは資産除去債務の仕訳方法を解説します。
まずは現在価値と利息費用の考え方について理解しておきましょう。
現在価値と利息費用について
将来、100万円の支出が発生するとなった場合、1年後の支払いと10年後の支払いでは、1年後の支払いの方が負担が大きいと感じるものではないでしょうか。
これは、10年といった長い期間があれば資金を運用して増やせる可能性が高いためです。
この考え方により、一般的に将来キャッシュフローの現在価値は将来に発生する金額よりも小さいとされています。
例えば、1年後に100万円の除去費用の支出が見込まれる場合、割引率が3%であればこの支出見込額の現在価値は74万円となります。
逆に考えると、将来100万円を準備する必要があっても、3%での運用が可能であれば現時点では74万円の資金のみ準備すればいいということになります。
この現在価値が、資産除去債務の当初計上額となります。
資産除去債務では、資産サイドでは減価償却を通じて当初計上額74万円を期間配分し、負債サイドでは各期で支出見込額100万円との差額26万円を利息費用として費用計上し、最終年度で100万円となるようにします。
例による資産除去債務における仕訳方法の解説
前提
- A社は、建物Jを1億円(耐用年数5年:定額法)で取得した。
- 建物Jは5年の使用後に除去する法的義務が存在し、その費用見積りは1,000万円である。
- 割引率は3%とする。
- 5年経過後、A社が実際に支払った除却費用は1,030万円である。
- 数値をわかりやすくするため、以下の計算式及び仕訳例の単位は「万円」とする
建物取得時の仕訳
割引率が3%であり、5年後に1,000万円となる資産除去債務の取得時の現在価値は、以下のように計算します。
1,000 ÷(1 + 0.03)5 = 863
上記の金額が有形固定資産の資産側、資産除去債務の負債側に両建て計上されます。
借方 |
金額 |
貸方 |
金額 |
有形固定資産 |
10,863 |
未払金 |
10,000 |
|
|
資産除去債務 |
863 |
期末ごとの減価償却費の計上の仕訳(1年目の例)
有形固定資産については毎期末に減価償却を行います。
このとき、取得価額は資産除去債務を含んだ金額を用い、定額法による毎期の減価償却費は以下のように計算します。
10,863 ÷ 5 = 2,173
借方 |
金額 |
貸方 |
金額 |
減価償却費 |
2,173 |
減価償却累計額 |
2,173 |
期末ごとの時の経過による資産除去債務の調整額の計上の仕訳(1年目の例)
時の経過による資産除去債務の調整額は、以下の算式で算定します。
利息費用 = 資産除去債務の現在価値 × 割引率
863 × 3% = 26
この調整額は、損益計算書では資産除去債務に関連する有形固定資産の減価償却費と同じ区分に含めて計上します。
借方 |
金額 |
貸方 |
金額 |
利息費用 |
26 |
資産除去債務 |
26 |
上記の減価償却費と利息費用の計上は、その資産の除却まで毎期行われることになります。
除却時の会計処理
除却時には、有形固定資産と5年分の減価償却累計額の取り崩しの会計処理を行います。
借方 |
金額 |
貸方 |
金額 |
減価償却累計額 |
10,863 |
有形固定資産 |
10,863 |
また、実際の除却費用1,030万円は見積時の1,000万円よりも多いため、この履行差額30万円については、損益計算書上、費用として計上されることになります。
借方 |
金額 |
貸方 |
金額 |
資産除去債務 |
1,000 |
現金預金 |
1,030 |
履行差額 |
30 |
|
|
以上が資産除去債務の基本的な会計仕訳の流れとなります。
※本記事の内容は掲載日時点での情報です。
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資産除去債務の概要について解説しました。
特殊な会計処理を行うため、はじめは理解しにくいかと思いますが、今回の解説をきっかけに基本の考え方への理解を深めていってくださいね。