ストレスチェックなど、職場におけるメンタルヘルス対策が注目されています。その背景には、オーバーワークやパワハラなどで精神的な不調をもたらすケースが増えているという現実があります。
事実、厚生労働省の都道府県労働局に寄せられた職場における「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数は、2005年度には1万7859件でしたが、10年後の2015年度には約3.7倍の6万6566件に急増しています。
経理の業務はミスが許されない上、月末に仕事が集中するなど、ストレスが重なる業務です。そこで、メンタルトレーニングの第一人者である東海大学の高妻容一教授に、職場でできるストレス解消術をレクチャーしていただきました。
メンタルトレーニングとは
スポーツ中継などで、選手のメンタルに言及するシーンが見受けられます。
スポーツにおけるメンタルとパフォーマンスには強い相関性があることがわかっています。メンタルトレーニングとは、心を強くするトレーニングのこと。精神を強化することで、選手のパフォーマンスを向上させることを目的としています。
メンタルトレーニングの歴史は古く、1950年代に旧ソ連で始まったとされています。
当初は、宇宙飛行士に対するケアとして活用されていました。宇宙に向かう際のプレッシャーや不安を解消するためのトレーニングだったのです。やがて、旧ソ連のオリンピック強化チームが着目し、スポーツに応用されるようになりました。
1960年代以降、メンタルトレーニングを導入した旧ソ連がオリンピックでめざましい躍進を遂げたのを受け、1984年のロサンゼルスオリンピックの前にはアメリカとカナダがメンタルトレーニンングを導入。オリンピック本番で両国が大きな成果をあげたことで、その効用が世界的に知られることになりました。
その後、日本にも普及しオリンピック代表などのトップアスリートから大学の体育会や高校の部活など、幅広い層に広がりました。その普及に日本の第一人者として尽力してきたのが今回レクチャーいただいた高妻容一教授です。
期待できる効果とは
メンタルトレーニングの本来の目的は、大事の試合などの本番で、自分のもてる力をフルに発揮すること。そのために最適な精神状態を常時つくれるようトレーニングするわけです。
最もパフォーマンスを発揮できる精神状態のことを「ゾーン」と言います。
緊張・興奮レベルが低いと注意散漫になり気分が乗りません。逆に高過ぎると焦りや力みを生みパフォーマンスの低下につながります。ゾーンは、緊張・興奮レベルが理想的な高さに保たれ、最も集中力を発揮できる状態のことを指します。
このゾーンの状態に意識的に入れるよう日頃からトレーニングするのがメンタルトレーニング。
その結果として、モチベーションが高まる、プラス思考になれる、集中力が増すなどの効果が期待できます。そうした効果がビジネスの世界でも有効なものと注目され、応用されるようになりました。
例えば大事なプレゼンのプレゼンターをまかせられた時、ゾーンの状態に入り高いパフォーマンスを発揮できる。仕事でミスをして落ち込んだ時もすぐに立ち直れる。上司とソリが合わず辛い時も前向きになれる。仕事が忙しくてストレスが溜まった時も明るく乗り切れる。そんな様々な成果が期待できます。
職場でできる簡単トレーニング
それでは、高妻教授直伝の職場でできる簡単メンタルトレーニングの紹介です。誰でも気軽に取り組めるよう、ごく基本的なことに絞りました。ぜひ、試してみてください。
①自信のあるふりをする
不安を感じたり弱気になったりした時でも、顔を上げ、胸を張り、とにかく自信のあるふりをする。
自信のあるポーズを2分間続けた後に唾液を採取したところ、支配性ホルモンのテストステロンが増加したという実験データもあるそうです。弱気になったら意識的に自信のあるふりをしてみましょう。
②大きな声であいさつする
落ち込んでいる時ほど、あえて大きな声であいさつしてみる。なるべくたくさんの人にあいさつするとより効果的です。
「資料ありがとう!」など、感謝の言葉も積極的に伝えましょう。ポジティブな言葉を出すと気持ちもポジティブになれます。ポジティブな心の状態を保つことが良いパフォーマンスにつながるのです。
③「今」に意識を集中しながら深呼吸
変えられない過去やまだ見ぬ未来に対して漠然とした不安を感じたりしていませんか。不安感は、気分を消沈させ、パフォーマンスを悪化させます。
そんな時は、過去や未来について考えるのをやめ、「今」に意識を集中させながら深呼吸しましょう。鼻から息を吸い、5秒ほど息を止め、口から長く強く息を吐いてみてください。
④フォーカルポイント
これは、試合会場のある1点を見ると、集中力が高まると自己暗示をかけておくテクニックです。オリックスやメジャーリーグでも活躍した長谷川滋利投手が活用したことでも知られています。
これをビジネスに応用して、例えばオフィスのある1点を決めておき、そこを見て、大きな声で背伸びをするようにあくびをして気持ちの切り替えをします。注意散漫になったり不安を感じたりした時は、そこを見て大きな声で背伸びをするようにあくびをします。
⑤マイナス思考を消す
マイナス思考は、筋肉や脳のパフォーマンスを悪化させることが数々の実験で証明されているそうです。
とは言え、人間ですからマイナス思考を100%払拭することは不可能です。マイナス思考が頭をもたげる頻度を少しずつ減らしていくようにしましょう。コツはイメージを利用すること。例えば悪い考えを想起してしまったら、それをイメージ上のホワイトボードに書き、サッと消してしまう。金槌で壊すイメージでもいいでしょう。自分なりの方法を見つけてみてください。
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職場でできる簡単メンタルトレーニングのコツを紹介しました。
経理業務は、一人で仕事を抱え黙々と作業を続けることが多くなりがちです。メンタルに不調をきたすと、回復が遅れることが多いようです。メンタルトレーニングは、良いパフォーマンスを発揮するための強い心を育成するトレーニングであると同時に、落ち込んだ時にうまく気持ちを切り替える方法でもあります。ストレスや不安を感じた時、気軽に試してみてください。