キャッシュレス決済の普及に伴い、給与のデジタル払いが解禁されました。
これにより、2024年8月には第1号の資金移動業者の認定も行われています。
今回の記事では、給与のデジタル払いに関する制度概要や導入に向けた企業側の手続き、経理担当者が押さえておくべき実務対応などを解説します。
給与のデジタル払いとは
給与のデジタル払いとは、従業員の給与を銀行振込や現金払いではなく、電子マネーで支払うことを指します。
給与のデジタル払いは企業側が導入したとしても従業員にとって強制となるわけではなく、支払方法の選択は従業員の希望に委ねられます。
また、一部をデジタル払い、残りを銀行振込とすることなどもできるため、従業員はより柔軟に給与の受取方法を選べることになります。
給与のデジタル払いはより多様な人材や働き方に対応する手段として、今後普及が期待されています。
指定資金移動業者とは
給与のデジタル払いを行うには、厚生労働省が指定する資金移動業者の口座を使用する必要があります。
資金移動業者とはキャッシュレス決済を運営している事業者のことで、厚生労働省の指定を受けるためにはデジタル払いを利用する企業や従業員に不利益が生じないよう、様々な指定要件を満たす必要があります。
このような仕組みで、指定資金移動業者の口座も、銀行口座と同等の安全性が担保されるようになっています。
今後の見通し
2024年8月、厚生労働省が第1号の資金移動業者を認定し、同グループ社員への給与デジタル払いが始まりました。
11月にはグループ外の従業員への提供も開始されているため、一般企業でも利用環境が整い次第、導入されていく見通しです。
※関連記事:2023年4月解禁!給与のデジタル払いに伴う実務のポイントとは
給与のデジタル払い導入において必要な手続き
給与のデジタル払いを導入する際は事前に手続きが必要です。
厚生労働省の資料に基づいた主要な手続きは以下の通りです。
社内規程の整備
給与のデジタル払いを導入する際は、社内規程の整備が必要です。
例えば、就業規則には以下のような項目の追記を行います。
- 従業員が希望する場合には、労使協定を締結の上、賃金のデジタル払いを行うこと
- デジタル払いは指定資金移動業者を通じて行うこと
- 指定資金移動業者の口座の上限残高(100万円)を超えた場合には、従業員が希望する別の方法(現金・銀行口座など)でその超えた分の支払いが行われること
また、デジタル払い導入の際は、企業と従業員との間で労使協定を締結しなければなりません。
協定には、以下の項目を記載します。
- 口座振込などの対象となる従業員の範囲
- 口座振込などの対象となる賃金の範囲及びその金額
- 取扱金融機関、取扱証券会社、取扱指定資金移動業者の範囲
- 口座振込などの実施開始時期
従業員への説明と同意取得
給与のデジタル払いを行うには、従業員から個別に同意を得る必要があります。
従業員がメリットやデメリットをしっかりと理解できるように企業側が説明を行ったうえで、デジタル払いを希望する従業員には同意書への記入をしてもらいましょう。
同意書の主な記載内容には以下の内容を含むことが重要です。
- デジタル払いまたは銀行振込など、会社が給与の支払方法に選択肢を提示したということの確認
- デジタル払いに関する基本的な留意事項の説明を受けたということの確認
- 本人による、デジタル払いを選択する旨の意思表示
口座情報の登録手続き
給与のデジタル払いを行うにあたって、企業は事前に指定資金移動業者の口座情報を登録する必要があります。
そのため、デジタル払いを希望する従業員から同意を得たうえで、以下の情報を収集することになります。
- 支払範囲と金額
給与において希望するデジタル払いの範囲と金額上限
- 指定口座の情報
デジタル払いを希望する指定資金移動業者の口座情報
- 支払開始時期
デジタル払い適用の開始日
- 代替口座情報
万一のエラーや業者破綻時に備えた、代替の銀行口座の情報
支払時の事務処理における事前確認
給与のデジタル払いを円滑に行うには、実際に行う事務処理を事前に把握しておく必要があります。
会計システムの状況
従業員との間で決めた給与のデジタル払いの開始日までに、自社の会計システムや給与システムの状況を確認し、必要な設定を行っておく必要があります。
従来の給与支払方法と何が変わるのかを自社の状況に合わせてシミュレーションしながら整理しておきましょう。
資金移動用アカウントの設定
給与のデジタル払いでは、雇用主が指定資金移動業者の資金移動用アカウントを作成し、従業員のアカウントへ支払うこともできます。
この方法を利用する場合は事前に設定を行っておきましょう。
この時、会計システムとの連携ができるかなども確認しておくとスムーズです。
指定資金移動業者のサービス内容や情報
対象の指定資金移動業者ごとに必要となる手続きや締切時期が異なるため、事前に確認しておきましょう。
非常事態の際の対処方法
あまりないケースとはいえ、状況によっては、利用する指定資金移動業者が指定を取り消されたり辞退したりすることもあります。
このような場合に備え、企業側は速やかに他の給与支払方法を従業員と調整し、新たな方法へ切り替えられる体制を整えておく必要があります。
給与のデジタル払い導入における実務の対応ポイント
給与のデジタル払いを導入すると、従来と異なる実務を行うことになります。
その中でも担当者が特に留意しておきたい内容は以下の通りです。
会計税務処理の方法を確認する
一般企業ではまだ給与のデジタル払いの導入が始まっていないため、給与のデジタル払いに関する一般的な会計方針はまだ確立していない状況です。
そのため、給与支払時のフローをシミュレーションしたうえで、社内で事前に仕訳方法などの方針を検討しておく必要があります。
例えば、デジタルで支払った給与は指定資金移動業者の口座を通して従業員の口座に入るため、そのタイミングごとに仕訳をするということも考えられます。
また、1人の従業員がデジタル払いと銀行振込を併用する場合は、一度に仕訳せずそれぞれ行う方が望ましい場合もあるでしょう。
このような状況の整理とそれに応じた業務フローの確認を事前に行うことで、導入後の混乱を抑えられます。
必要に応じて会計システムなどの設定も変更しておくとスムーズでしょう。
なお、源泉徴収などの手続きについては、支払方法が変わっても変更はありません。
証憑の保管を徹底する
給与のデジタル払いを導入する際は、支払時の取引明細などの証憑を適切に保存する必要があります。
資金移動業者の取引履歴は基本的には電子データとして提供されるため、電子保存が主流になることが考えられます。
長期にわたってデータを保存できるシステムの確保や、定期的なバックアップを行う体制を整備しておきましょう。
上記の通り、適切な会計税務処理や各取引記録の保持を行うため、給与のデジタル払い導入開始時などは一時的に担当者の負担が増えることも予想されます。
しかし、利用者の利便性向上だけでなく多様な働き方にも対応できることから、給与のデジタル払いが従業員に与えるメリットは多いと考えられます。
企業はこのようなメリットとデメリットを比較したうえで、導入するかどうかを見極める必要があるでしょう。
※本記事の内容は掲載日時点での情報です。
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給与のデジタル払いは、今後の多様な働き方に対応するための新たな選択肢の1つです。
デジタル払いを導入するためには、社内規程の整備や従業員の同意取得、システム面の考慮など様々な対応が必要となります。
担当者は、デジタル払いの導入が決まった場合に備えて、デジタル化の体制を整えておくとよいでしょう。