この網羅性チェックの視点は実務上で適用していくのがなかなか難しいと思いますので、今回から2回にわたって、詳しく取り上げることにします。モレを見つけることの難しさを感じて頂きつつ、それに対処する方法について、経理に関わるシーンに当てはめながら考えてみようと思います。難しい方法だからこそ、そのチェック方法を知り、それを活用して頂ければ、きっと皆様にとって強力な武器になるはずです。
2.ケースで考える ~「モレ」を見つける難しさとその対処法(その1)
まずは、経理部長と経理スタッフのやり取りの様子を描いた【シーン1】をご覧ください。【シーン1】
ある日のこと、試算表を見ていた経理部長が、部下の経理スタッフTさんに声を掛けました。
経理部長「何か先月末の未払金の残高、いつもより少ないな。本当にこんなに少ないの? 計上がモレているんじゃないか?」
Tさん「確かに少ないですね。少々お待ちください……」
とは言ったものの、Tさんはどう対応したら良いものか、すぐには思い付かないのでした。
【シーン1】では、帳簿に載っているべき未払金の計上がモレていないかという、網羅性の問題が描かれています。この網羅性をどのようにチェックしたら良いのか、8つの方法を紹介します。そのうち、今回は5つを取り上げ、残りは次回に譲ることとさせて頂きます。経理部長「何か先月末の未払金の残高、いつもより少ないな。本当にこんなに少ないの? 計上がモレているんじゃないか?」
Tさん「確かに少ないですね。少々お待ちください……」
とは言ったものの、Tさんはどう対応したら良いものか、すぐには思い付かないのでした。
(1)比較分析
ある勘定科目の金額について計上モレをチェックする上で最も基本となる方法は何だと思いますか。それは計上額の比較分析を行うことです。典型例としては、対前期比較や月次推移分析が挙げられます。もう一度【シーン1】をご覧ください。【シーン1】でもいつもより残高が多い・少ないといった比較を行っている様子が描かれています。これはまさに網羅性チェックを行う上で欠かせない、第一歩となる方法です。もしも、前期の残高と比較して著しく少ない、他の月と比較して著しく少ないといったことがあれば、「もしかすると計上モレがあるのでは?」という疑問が生じるはずです。従来計上されていたものの計上がモレたなら、従来の計上額と比べて少なくなっている可能性が高くなります。したがって、残高等の比較分析を行い、著しく少なくなっているとしたら、計上モレの可能性を想定し、さらなる追及を進めるきっかけになるでしょう。
(2)勘定残高と内訳明細資料との整合性チェック
勘定残高と内訳明細資料との整合性をチェックすることも、網羅性チェックの一つです。例えば、「試算表上の買掛金残高」と、仕入先別の買掛金残高を管理する「内訳明細資料の合計残高」とが整合しているかをチェックすることが考えられます。本来であれば、これらは一致して当然なのですが、試算表と、購買担当者が手元で管理している台帳との間に案外不整合が生じていたりするのです。不整合が生じる原因には様々なものがありますが、手元で管理している台帳には仕入の事実が載っているのに、試算表上では仕入の計上がモレていたとすれば、両者の間には不整合が生じます。このように、両者の整合性をチェックした結果、試算表への計上モレが見つかることもあり得ます。
(3)マイナス残高のチェック
本来プラスであるべき残高がマイナスになっているとしたら、それも計上モレの可能性が想定されるケースの一つです。例えば、買掛金の仕入先別の内訳があったとして、その中に、残高がマイナスとなっている仕入先があったとします。この場合、誤って別の仕入先に対する買掛金として計上してしまっていることもありますが、本来計上すべき当該仕入先に対する買掛金の計上がモレている可能性もあります。
このように、本来プラスであるはずのところがマイナスになっているといったイレギュラーな状況がある場合には、それを放置せずに原因を追及していくことが大切です。
(4)帳簿上の相関関係のチェック
帳簿上に計上されている金額を使って、他の勘定科目の帳簿金額との相関関係をチェックするのも、網羅性チェックの方法の一つです。例えば、試算表上の買掛金残高と売上高(あるいは売上原価)との相関関係を見るために、買掛金の回転期間という経営指標をチェックすることができます。
買掛金回転期間 = 買掛金残高 ÷ 売上高(注)
通常であれば、販売が好調で売上高が伸びてくると、それに合わせてその商品の仕入も増やすことが考えられ、その結果、買掛金残高も増えることが考えられます。逆に、売上が伸びなくなってくると、その商品の仕入を絞ることが考えられ、その結果、買掛金残高も減ることが考えられます。(注)売上高の代わりに売上原価を用いることもあります。
そうすると、買掛金の残高と売上高(あるいは売上原価)との相関関係を見る「買掛金回転期間」には、あまり変化がないといった状況が想定されます。ところが、前期と当期の回転期間を比較した結果、当期は前期よりも大幅に短くなっていたとしたらどうでしょう。もしかすると、「請求書の入手が遅れて、ある仕入先について、仕入(=買掛金)の計上が1カ月分モレてしまっている」などといったことが起きているかもしれないのです。
回転期間のような経営指標を使って、帳簿上の相関関係をチェックし、そこに大きな変化が現れているとすると、そこには計上モレが潜んでいるかもしれないのです。
なお、経営指標としては、上述の回転期間以外にも様々なものが考えられます。中でも、「利益率」は典型的なものとして挙げることができるでしょう。売上原価の計上モレがあれば、売上総利益率(粗利益率)が高くなり過ぎているかもしれませんし、販売費・一般管理費の計上モレがあれば、営業利益率が高くなり過ぎているかもしれません。
(5)事後の状況フォロー
事後の状況をフォローするのも網羅性チェックの方法の一つです。経理の世界では、計上すべき債務の計上がモレている、いわゆる未計上債務が存在するというのは大きな問題です。未計上債務が存在すると、費用の計上額が少なくなり、過大に利益を計上してしまっているかもしれませんし、想定外の支払いが生じて資金繰りに苦慮するといった事態にもなりかねません。
このような未計上となってしまっている債務(買掛金や未払金)がないかをチェックするための強力な方法は、その後の支払状況をチェックすることです。
仮に、当期末のB/Sに計上されていない買掛金・未払金があって、その支払いが翌期の早い段階で行われていたとすると、それは当期のB/Sに買掛金・未払金を計上しておくべきだったものかもしれません。請求書の入手が遅れてしまい、当期末の未払計上に間に合わず、未払計上モレの状態になっているといったケースはその一つです。
こうしたケースでは、事後的なチェックにはなるかもしれませんが、翌期の支払状況を確認し、その中に当期中に買掛金・未払金を計上しておくべきだったものがないかをチェックすることが考えられます。翌期に計上・支払処理を行った請求書のつづりに目を通せば、その中に当期中に債務を計上しておくべきだったものが含まれているのが見つかるかもしれません。
このように、事後の状況をフォローすることも心掛けるようにしましょう。
3.おわりに ~経理上も大切な網羅性チェック、その力を鍛えよう
網羅性チェックの視点は経理上も大切ですが、実務において適用していくのはなかなか難しいのではないかと感じています。そこで、モレを見つけるための網羅性チェックについて詳しく説明することとし、網羅性チェックの方法のうち、今回はまず、(1)比較分析、(2)勘定残高と内訳明細資料との整合性チェック、(3)マイナス残高のチェック、(4)帳簿上の相関関係のチェック、(5)事後の状況フォロー、の5つを説明しました。これ以外にもとても重要な網羅性チェックの方法があるので、残りは次回取り上げることとしたいと思います。次回の説明と併せて、経理上も大切な網羅性チェックの方法を知って頂き、その力を鍛えて実務に活かして頂けますと幸いです。
(提供:税経システム研究所)